『リアルの地層の奥底に輝くもの』
[お勧め度:5]
人工知能研究華やかな時代に情報工学を学んだ世代として、「知性とは何か」を問うSFは今でも私にとってもっともエキサイティングなジャンル。
スペースオペラは別にして、現代SFでは「異種知性体」というのは、まず意思の疎通が出来なくて当たりまえ、として描かれることが多く、逆に会話が通じるとすれば何か余程のわけがあるというものだ。
現実の科学的トピックスとしては系外惑星の発見が相次ぎ「地球外生命が存在する可能性は高まっているが、電波望遠鏡を使った地球外文明探索(SETI)は、なんの成果も無いまますっかり下火になる一方。異星の隣人は無口らしい」 という認識はすっかり定着しているのではないか。
野尻氏のSFは「沈黙のフライバイ」も本作も、無口な異星人(文明)といきなりフィジカルなコンタクトしてしまうのは、そんな現代の科学的状況が土壌になっていると思う。つまり、現代科学界のムードそのものだ。
ネタバレしては詰まらないので結論には一切触れないけれど、タイトルの「太陽の簒奪者」というのは、ある日「水星」に出現したマスドライバーから発射された物質が、見る見るうちに太陽の黄道面を取り巻く帯状の構造に成長し、やがて幅を広げて成長したそれが地球にとって永遠の夜をもたらすことが判明する。…というオープニングの状況を指している。
物語はそのリングの正体を研究するところからスタートするのだが、この描写の緻密さが素晴らしい。
リングといえばL.ニーヴンのリングワールドを筆頭として既知のアイディアではあるし、その素材が「ナノマシン」であるというのも、珍しくは無い。
だが野尻氏の緻密な書き込みは、SFというより、科学雑誌で最新トピックスを読むような実体感がある。
ナノマシンなど、たいていのSFでは単なる「魔法の粉」の代用品として使われて、どちらかと言うとファンタジー属性だと思うのだが、この作品の中では「植物の細胞」のようなものが「遺伝的プログラム」で制御されて「マクロな構造」を組織しているという設定で、今の科学の延長で実現できる見込みは薄いにしても、高度に発達した科学の世界で想像できる仕組みが緻密に描写されている。
一方「リング」そのものも既に有名なアイテムだけれど、これが「薄膜が光の圧力で位置を保っている」仕組みはなんだか先端的で面白い。
リングが太陽に対して公転していないことが、後でちゃんと意味を持ってくるのも「腑に落ちるSF」を構成する要素だ。
リングの正体があきらかになった後は、人類と全く異なる知性がいきなり太陽系に向かってやってくる話。
こいつが、「現在接近中」という傍証はありながら、どんな呼びかけにも応えずただ黙々と宇宙を飛んでくる不気味さが良い。
高度に発達した恒星間文明は、果たして敵か味方か。定番のテーマにがっつり取り組む科学者の試行錯誤を見守るのは、推理小説的な感興がある。
結局のところ異星人の正体も、存在形態も、奇想天外というよりは、最新の科学トピックスやSF的にオーソドックスな手法の組み合わせで理解できるように書いてあるが、「一つのオリジナル」に命を吹き込むためには、これだけの「リアリティの地層」が必要なのだ、ということが理解できる。
まさに鉄板系ハードSFだ。